朝鮮王朝実録を読む3/「燕山君の追放」と「光海君の廃位」

 

朝鮮王朝の27人の王の中で、クーデターで王位を追われたのは2人だけです。今回は、この2人の王を取り上げます。

◆1506年9月2日の記述

(燕山君の悪政を終わらせるためにクーデターが起きた)
国王(10代王・燕山君〔ヨンサングン〕)は、暮らしの中で悪事に溺れ、酒を飲んで歌い踊るという退廃的な日々を送った。さらに、王は自分の行動が不道徳であると知りつつ、内心では恥ずかしく思っていた。それで、人道を混乱させ周囲の人間を自分と同じように仕立てようとした。内外から恨む声が絶えなかった。
乱が起きると、(王宮の)各門を守っていた兵士たちがみな垣根を越えて逃げ出したので、王宮の中はもぬけの殻になった。
百官が王宮の庭に出てきて列を組み、まず大妃(11代王・中宗〔チュンジョン〕の母)が教旨を発布した。




「わが国家が徳を積むこと100年、深く厚い恩恵が民心を満足させ、万世にわたって繁栄する礎を築いた。しかし、不幸にも王が守るべき道理を著しく逸したので、臣たちはみな国家を大事に思い、王の追放を望んだ。私が思うに、愚かな燕山君を廃して明るい晋城大君(チンソンデグン/中宗のこと)を立てるのは、古今に通用する道理だ。多くの人間の意見に従い、晋城大君を即位するようにしよう。民の命が消えかけてはまた繋がり、国家が危機から脱して安定する」
群臣はひれ伏して命令を聞き、うれしくて踊りだした。新たに王となった中宗が所信を述べた。
「近年、王が道理を失い、民が窮していたのに余は救済できなかった。幸いにも、国家と民に対する重責を担い、大妃の指示によりこのように即位に至った」

朝鮮王朝実録を読む4/「仁顕王后の離縁」と「仁顕王后の王妃復帰」

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