仁祖(インジョ)はなぜ趙氏(チョシ)をあれほど寵愛したのか

側室以下の扱い

荘烈王后は悲しい王妃であった。なぜなら、仁祖は趙氏だけを寵愛して、29歳下の新婦を無視したからだ。
こうなると、趙氏の増長が目にあまるようになった。
もともと、性格的に悪女と呼べる女性だった。趙氏は荘烈王后を陰で激しく罵倒した。それが荘烈王后の耳に入らないわけがない。




荘烈王后の悲しみは深まるばかりだった。
側室の趙氏と正室の荘烈王后。本来は正室のほうが立場がずっと上なのだが、趙氏に関しては正室以上の権力を持ち、その横暴さはひどくなる一方だった。
なにしろ、仁祖の子供を次々に出産する趙氏の立場は磐石だった。
孝明王女に続いて、趙氏は1639年に王子の崇善君(スンソングン)を産み、1641年には2人目の王子の楽善君(ナクソングン)を出産した。
一方、荘烈王后には子供ができなかった。仁祖に愛されなかったので、それも仕方がなかった。
朝鮮王朝の歴史の中で、荘烈王后ほど側室以下の扱いを受けた王妃は他にいないのではないか。
それもすべて仁祖が趙氏を寵愛しすぎた結果だった。

文=康 熙奉(カン ヒボン)

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