2人の悪女!文定(ムンジョン)王后と鄭蘭貞(チョン・ナンジョン)

追放された側室

世子が早世するようなことがあれば、福城君が中宗の後を継ぐ可能性もあった。
それゆえ、敬嬪・朴氏は宮中でも立場が強かった。
そんな状況を苦々しく見ていたのが文定王后だった。
「あの女をなんとかしなければ……」
文定王后にしてみれば、敬嬪・朴氏を陥れる意図が十分にあった。王妃としての自分の立場を強固にするためには、ぜひそうする必要すらあったのだ。



やはり大妃(テビ/王の母)の一言は重い。
中宗の母には誰も逆らえず、敬嬪・朴氏と福城君、そして2人の翁主(オンジュ/王の側室が産んだ王女)は王宮から追放されてしまった。
中宗は寵愛する側室と息子・娘を何度もかばったのだが、結局は実母の容疑者特定を覆すことができなかった。
こうして、「灼鼠の変」は、文定王后に大きな成果をもたらした。彼女は一番めざわりな敵を王宮から追い出すことができたのだ。
その後の定説では、文定王后の命令を受けた手先の鄭蘭貞(チョン・ナンジョン)が、ネズミの死骸を仕掛けた、と言われている。
こうして、共謀して「灼鼠の変」を起こした文定王后と鄭蘭貞は、以後も次々に悪行を繰り返して、朝鮮王朝を混乱に陥れた。

文=康 熙奉(カン ヒボン)

「朝鮮王朝三大悪女」よりもっと強烈な悪女とは?

性悪の鄭蘭貞(チョン・ナンジョン)/朝鮮王朝悪女列伝4

極ワルの文定(ムンジョン)王后/朝鮮王朝悪女列伝3

中宗(チュンジョン)のコンプレックスだらけの王座!



ページ:
1 2

3

関連記事

ページ上部へ戻る