2人の悪女!文定(ムンジョン)王后と鄭蘭貞(チョン・ナンジョン)

王族の最長老

実は、世子は子(ね)年だった。それだけに、ネズミの死骸は世子の不吉な将来を暗示する役割を果たした。
さらには、世子を呪詛(じゅそ)するために、わざわざ2カ所に死骸を放置したと推察された。
宮中が大騒ぎになった。
焼かれたネズミを木の枝にぶらさげるというのは、あまりに大胆な手口であった。
中宗の命令によって、徹底的な犯人捜しが行なわれた。
死骸を見つけた女官や、発見場所のそばにいた者たちが厳しい尋問を受けた。





しかし、犯人がわからなかった。
犯人が特定できない中で、中宗の母がこう語った。
「東宮の件は誰がやったかわからぬが、大殿に関しては敬嬪(キョンビン)が疑わしいのではないか」
王族の最長老に名指しされたのは、敬嬪・朴(パク)氏であった。
この敬嬪・朴氏というのは、中宗に一番気に入られていた側室だった。
しかも、彼女は福城君(ポクソングン)という中宗の息子を産んでいた。
(ページ3に続く)

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