妻の実家に主導権を取られた23代王・純祖(スンジョ)/朝鮮王朝国王列伝23

最愛の孝明世子

純祖は歯がゆくて仕方がなかった。しかし、彼は自ら主導権を奪うほどの強い意志を持っていなかった。
それでも、まったく無策だったわけではない。純祖は安東・金氏の横暴を抑えるために、10歳の長男であった孝明世子(ヒョミョンセジャ)の妻に豊壌(プンヤン)・趙(チョ)氏の娘を迎えた。
「孝明世子の妻の実家である豊壌・趙氏の一族を重用して安東・金氏に対抗させよう」
それが純祖の腹積もりであった。




実際に、純祖の思いどおりに政治は動いていった。
頼もしい孝明世子の成長にしたがって、豊壌・趙氏の勢力が安東・金氏を上回るようになったのだ。
「余もこれで王としての力を発揮できる」
純祖は自信を深めたのだが、思わぬ悲劇が彼を襲った。最愛の孝明世子が1830年にわずか21歳で亡くなったのだ。
絶望の淵に立たされた純祖。後ろ楯を失った豊壌・趙氏も勢力が弱まってしまい、安東・金氏が完全に復活した。
悲しみに暮れた純祖は失意の中で1834年に44歳で世を去った。

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