仁粋大妃(インステビ)とはどういう女性だったのか

悲惨な最期

仁粋大妃の功績で有名なのは、『内訓(ネフン)』という本を著したことです。女性が守るべき道徳、倫理、生活態度などをまとめた本で、いわば上流階級にいる女性のための修身の教科書です。
内容も、男尊女卑の風潮が強かった当時の社会を反映して、“親に従い、夫に従い、子に従う”という三従主義が説かれています。1475年頃に書かれたもので、以後は長く宮中の女性のたしなみとして読まれ続けました。
さらに、仁粋大妃は姑としても存在感を見せつけます。
成宗の妻は、さきほども触れたように韓明澮の娘でした。恭恵(コンへ)王后と言いましたが、18歳で亡くなってしまいます。その原因は成宗にもありました。実は彼が側室のもとに入り浸りだったので、恭恵王后は精神的に病んでしまったのです。その末での早世でした。





成宗のお気に入りだった側室が尹氏(ユンシ)でした。彼女は仁粋大妃から目の敵にされます。とにかく、仁粋大妃は尹氏のことを“育ちが悪くて学問がない”と徹底的に嫌っていました。
結局、尹氏は仁粋大妃に嫌われたことが死罪になる原因になりました。
その尹氏の息子が10代王の燕山君(ヨンサングン)です。
仁粋大妃は暴君と化した燕山君を叱りつけますが、逆に暴行されて亡くなります。王宮女性の修身教科書『内訓』を著した仁粋大妃は、孫の暴力によって世を去るという悲惨な最期を遂げました。

文=康 熙奉(カン ヒボン)

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康 熙奉(カン ヒボン)
1954年東京生まれ。在日韓国人二世。韓国の歴史・文化と、韓流および日韓関係を描いた著作が多い。特に、朝鮮王朝の読み物シリーズはベストセラーとなった。主な著書は、『知れば知るほど面白い朝鮮王朝の歴史と人物』『朝鮮王朝の歴史はなぜこんなに面白いのか』『日本のコリアをゆく』『徳川幕府はなぜ朝鮮王朝と蜜月を築けたのか』『悪女たちの朝鮮王朝』『宿命の日韓二千年史』『韓流スターと兵役』など。最新刊は『いまの韓国時代劇を楽しむための朝鮮王朝の人物と歴史』

仁粋大妃について紹介している『いまの韓国時代劇を楽しむための朝鮮王朝の人物と歴史』(康熙奉〔カン・ヒボン〕著〔実業之日本社/900円+税〕)




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