仁穆(インモク)王后の悲願は光海君(クァンヘグン)の斬首だった!

執拗な暗殺計画

綾陽君は最後まで意志を貫いて16代王・仁祖(インジョ)として即位した。
仁穆王后は光海君の斬首をあきらめざるをえなかった。
果たして、仁穆王后の復讐は完璧に成就されたのかどうか。
あれほど憎んだ光海君の首を取れなかったことが、仁穆王后にとって唯一の心残りであった。
それゆえに、仁穆王后は絶対に諦めなかった。




光海君は当初、江華島(カンファド)に流罪となったが、仁穆王后は執拗に光海君の命を狙ったと言われている。
しかし、結局は暗殺を成就できなかった。
そして、仁穆王后は光海君が廃位になってから9年後に世を去った。
光海君はそれからさらに9年間生き、最後の流罪先の済州島(チェジュド)で66歳の生涯を終えた。

文=康 熙奉(カン ヒボン)

光海君について紹介している『いまの韓国時代劇を楽しむための朝鮮王朝の人物と歴史』(康熙奉〔カン・ヒボン〕著/実業之日本社)

康 熙奉(カン ヒボン)
1954年東京生まれ。在日韓国人二世。韓国の歴史・文化と、韓流および日韓関係を描いた著作が多い。特に、朝鮮王朝の読み物シリーズはベストセラーとなった。主な著書は、『知れば知るほど面白い朝鮮王朝の歴史と人物』『朝鮮王朝の歴史はなぜこんなに面白いのか』『日本のコリアをゆく』『徳川幕府はなぜ朝鮮王朝と蜜月を築けたのか』『悪女たちの朝鮮王朝』『宿命の日韓二千年史』『韓流スターと兵役』など。最新刊は『いまの韓国時代劇を楽しむための朝鮮王朝の人物と歴史』

これが光海君(クァンヘグン)という国王だ!

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