正祖(チョンジョ)を悩ませた恵慶宮(ヘギョングン)と貞純(チョンスン)王后!

暗黒の政治

1800年に正祖が亡くなったあとも恵慶宮は生き続けた。実家の名誉を回復させるために奔走し、1815年に80歳で世を去った。
一方、正祖が亡くなって息子の純祖(スンジョ)が10歳で即位したが、未成年なので貞純王后が代理で政治を仕切った。




彼女は正祖が進めた改革をすべてつぶしてしまい、正祖が登用した側近たちもことごとく追放した。
さらには、政敵が多いという理由でカトリック教の信者たちを大虐殺した。まさに、暗黒の政治を行なったのだ。
その末に、貞純王后は1805年に亡くなった。
享年は60歳だった。

文=康 熙奉(カン ヒボン)

正祖と貞純王后について紹介している『いまの韓国時代劇を楽しむための朝鮮王朝の人物と歴史』(康熙奉〔カン・ヒボン〕著〔実業之日本社/900円+税〕)

康 熙奉(カン ヒボン)
1954年東京生まれ。在日韓国人二世。韓国の歴史・文化と、韓流および日韓関係を描いた著作が多い。特に、朝鮮王朝の読み物シリーズはベストセラーとなった。主な著書は、『知れば知るほど面白い朝鮮王朝の歴史と人物』『朝鮮王朝の歴史はなぜこんなに面白いのか』『日本のコリアをゆく』『徳川幕府はなぜ朝鮮王朝と蜜月を築けたのか』『悪女たちの朝鮮王朝』『宿命の日韓二千年史』『韓流スターと兵役』など。最新刊は『いまの韓国時代劇を楽しむための朝鮮王朝の人物と歴史』

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