傲慢で執念深い燕山君(ヨンサングン)/朝鮮王朝人物実録9

残虐な処刑

事実を知った燕山君は、あまりの怒りと悲しみで一晩中泣き続けた。
その涙をぬぐった彼が一番最初にしたことは、母を復位させることだった。それは父である成宗の判断を否定する行為であった。
宮中では反対する声が多くあがった。
しかし、燕山君は耳をかさなかった。
それだけではなく、母の死に関わった者、傍観した者、母の復位に反対する者の官職を剥奪し、片っ端から斬首にした。この命令は死者も例外ではなく、墓をあばき、その首をはねている。
燕山君が即位してから11年が過ぎた。




王の乱行がますますひどくなった。国を憂えた重臣たちが反乱を起こし、燕山君は王位を奪われた。代わって、燕山君の異母弟が後継者となった。これが11代王の中宗(チュンジョン)である。
王位を追われた燕山君は、島流しにされ、1506年にわずか30歳で絶命した。

文=康 熙奉(カン ヒボン)
記事提供:「ロコレ」

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