思悼世子(サドセジャ)の悲劇!朝鮮王朝事件史7

荘献の身に起きた悲劇

自決を命じられた荘献は、父親である英祖に泣いて許しを請い続けた。しかし、まったく許してもらえず、息子がなかなか自決しないことに痺れを切らした英祖によって、米びつに閉じ込められてしまう。荘献の息子の祘(サン)が、英祖に「父上を助けてください」と懇願するも、それは叶わなかった。
荘献は閉じ込められている間、水も食べ物もまったく与えられなかった。その米びつのフタが開けられたのは、彼か閉じ込められてから8日目のことで、中では荘献が餓死していた。それまでまったく開けられなかったので、荘献がいつ亡くなったのかは定かではない。




その後、荘献は英祖から「思悼世子(サドセジャ)」という尊号を贈られる。その尊号には「世子(セジャ)の死を追悼する」という意味がある。
王の後継者という立場でありながら、そのような悲劇に見舞われた荘献。彼は、餓死するまでの間、米びつの中でどんなことを思っていたのだろうか……。

文=康 大地(コウ ダイチ)

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