呆然とする思悼世子(サドセジャ)

親子の確執

核心部分を突かれて、思悼世子は胸の内を苦しげに語った。
「父上が私の反省文を当初は喜んでくれたのだが、次第に猜疑心(さいぎしん)が強くなって、『こんなものは認められない』と急に気持ちが変わってしまった。父上にはそのように偏屈なところもあり、それが私にとっては不利な方向に働いたのかもしれない」
「結局、あなたには敵が多かったし、その人たちが悪口を散々吹き込んだことによって、英祖は怒りを抑えられなくなって、あなたに自害を命じたわけですよね」
「そうなんだ。私は父上から文政殿の前庭で自害を命じられたが、気が動転して泣きじゃくるばかりで、自ら命を絶つことができなかった」
「その結果、米びつが運ばれてきて、あなたは閉じ込められてしまいました」
「閉じ込められた後でもすぐに許してもらえると思っていた。父上が気持ちを変えて救ってくれるものと期待していたら、まさか……」
「英祖は本当に頑固な性格ですね。8日目に米びつを開けてみたら、あなたはすでに餓死していたそうです」
「自分の命が尽きた瞬間というのは覚えていないが、狭いところに閉じ込められて食べ物もなく、本当に地獄の苦しみだった。世子といえば次の国王。そんな身分の自分が、まさか餓死という最悪の状況に置かれるとは夢にも思わなかったが……」




「本当に辛い経験をしましたね」
「あれから250年も経つのだが、未だに苦しくて仕方がないのだ。だから、こうして文政殿が見える場所で呆然としている」
「英祖といえば、宗廟(チョンミョ)のとなりのタプコル公園で、囲碁の準備をしてあなたを待っているそうですよ。謝罪したいのでしょう。行く気はないんですか?」
「行こうとは思わない」
「なぜですか?」
「……私は囲碁ができないからだ」
そう言って思悼世子は悲しい顔をした。
250年経っても、まだ親子の確執は続いていた。果たして、2人が和解できる日が訪れるのだろうか。

文=康 熙奉(カン ヒボン)

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