激しく生きた貞明公主(チョンミョンコンジュ)9「絢爛たる生活」

すべては母親のおかげ

朝鮮王朝時代、都の漢陽(ハニャン)は城郭に囲まれた都市であった。その城郭の中がおよそ600万坪だったと推定されている。そうだとすれば、貞明公主が慶尚道に持っていた土地は、都の漢陽より8倍強も広かったことになる。
他にも、貞明公主は全羅道にいくつも島を所有していた。
なぜ、彼女はそこまで大地主になれたのか。
それはとりもなおさず、母親の仁穆王后が仁祖に働きかけた結果だった。クーデターを起こして王となった仁祖は、王位交代の大義名分を仁穆王后から与えられていた。それだけに、仁祖は仁穆王后のご機嫌を取る必要があったのだ。その立場を利用して、仁穆王后は娘のために広大な土地を譲り受けたのである。




518年間も続いた朝鮮王朝において、貞明公主ほど広い土地を所有した女性は、他にいなかったのではないか。

(第10回に続く)

文=康 熙奉(カン ヒボン)

激しく生きた貞明公主(チョンミョンコンジュ)1「宣祖の娘」

激しく生きた貞明公主(チョンミョンコンジュ)2「数々の悲劇」

激しく生きた貞明公主(チョンミョンコンジュ)3「書の才能」

激しく生きた貞明公主(チョンミョンコンジュ)7「悪化する立場」

激しく生きた貞明公主(チョンミョンコンジュ)8「苦労の連続」

激しく生きた貞明公主(チョンミョンコンジュ)10「翻弄された人生」




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