〔物語〕イ・バンウォン(李芳遠)の人生!朝鮮王朝の3代王

 

1392年に朝鮮王朝を建国した李成桂(イ・ソンゲ)は、初代王・太祖(テジョ)として即位した。彼が盤石な王政を築けたのは、妻の神懿(シンイ)王后から生まれた芳雨(バンウ)、芳果(バングァ)、芳穀(バンイ)、芳幹(バンガン)、芳遠(バンウォン)、芳衍(バンヨン)という6人の息子たちの力が本当に大きかった。

異母兄弟たちの争い

特に、最大の功労者である5男の芳遠は、太祖の邪魔になる者をとことん排除してきた。そんな彼が野心を抱いても不思議ではない。
<当然、父上の後継ぎは私だ>
そう確信していた芳遠の思惑は大きく外れてしまう。太祖は第二夫人の神徳(シンドク)王后に頼まれて、彼女との間に生まれた7男の芳蕃(バンボン)、8男の芳碩(バンソク)を重んじるようになった。




その中でも、後継ぎに指名されたのは芳碩だった。
「なぜだ! 兄上たちならばいざ知らず、なんの功績も残していない芳碩が後継ぎになるなんて。こんなことがあってたまるか」
芳遠の燃えさかる憎悪の炎は、たちまち宮中に知れ渡るようになる。その怒りに感づいた芳碩の擁護派の鄭道伝(チョン・ドジョン)は、芳碩の6人の異母兄たちを排斥しようとした。まず、6兄弟の元に伝令を走らせた。
「国王が危篤であるために王子さまたちは、すぐに王宮に集まってください」
この報を受けて、他の兄弟たちは一目散に王宮に駆け込んだが、芳遠だけは用心深く事態を分析していた。彼はいまだ後継ぎの座を諦めていなかったために、つねに自分の敵になりそうな者を観察していたのだ。(ページ2に続く)

イ・バンウォン(李芳遠)とチョン・ドジョン(鄭道伝)をめぐる悲劇!

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