〔物語〕イ・ヨン(孝明世子)の父の純祖(スンジョ)は誰?

思わぬ悲劇

「孝明世子の妻の実家である豊壌・趙氏の一族を重用して安東・金氏に対抗させよう」
それが純祖の腹積もりであった。
実際に、純祖の思いどおりに政治は動いていった。
頼もしい孝明世子の成長にしたがって、豊壌・趙氏の勢力が安東・金氏を上回るようになったのだ。




「余もこれで王としての力を発揮できる」
純祖は自信を深めたのだが、思わぬ悲劇が彼を襲った。最愛の孝明世子が1830年にわずか21歳で亡くなったのだ。
絶望の淵に立たされた純祖。後ろ楯を失った豊壌・趙氏も勢力が弱まってしまい、安東・金氏が完全に復活した。
悲しみに暮れた純祖は失意の中で1834年に44歳で世を去った。
父である名君・正祖の後をしっかり継げなかったことは、さぞかし不本意であったことだろう。

文=康 熙奉(カン ヒボン)
記事提供:「歴史カン・ヒボン」http://kanhibon.com/

イ・ヨン(孝明世子〔ヒョミョンセジャ〕)はどんな人だったのか?

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孝明世子(ヒョミョンセジャ/名はイ・ヨン)に代表される「世子」とは何か?

朝鮮王朝おもしろ人物列伝(孝明〔ヒョミョン〕世子編)

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『雲が描いた月明かり』の主人公・孝明(ヒョミョン)世子とは?

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