- 2020-3-18
- 韓国時代劇の登場人物
- 仁祖, 光海君, 朝鮮王朝, 歴史
卓越した外交戦術家
結局、クーデター軍が挙げた大義名分は「こじつけ」ばかりだったのですが、あえて言えば、継母の仁穆王后を幽閉した件は責められても仕方がありません。「孝」を最高の徳目とみなす儒教を国教にしている朝鮮王朝では、「息子」が「母」を処罰することがあってはならないのです。
この点では、クーデター軍の言い分に一理あると言えるでしょう。
光海君を追放して王位に就いた仁祖は、自らの正当性を強調するために、徹底的に光海君を悪者に仕立てあげました。その非難が定着し、以後の朝鮮王朝で光海君は暴君と言われ続けました。
しかし、20世紀の後半になって、光海君の見方は一変してきます。歴史研究が進んでくると、光海君を「卓越した外交戦術家」と評価する論調が増えてきたのです。それにつれて、光海君を暴君とみなす風潮も改まっていきました。
文=康 熙奉(カン ヒボン)
仁穆(インモク)王后の悲願は光海君(クァンヘグン)の斬首だった!
光海君(クァンヘグン)と仁祖(インジョ)!統治能力の違いは?
廃位となった光海君(クァンヘグン)の最期の地は済州島だった!