朝鮮王朝で「絶世の美女」と称された5人は誰か

宿命のライバル

4人目は張禧嬪(チャン・ヒビン)だ。
19代王・粛宗(スクチョン)に寵愛された。
一介の宮女から粛宗の側室となり、1688年に王子を出産。一度は側室から正室に昇格したが、再び降格。1701年には神堂を建てて王妃を呪い殺そうとしたことが発覚し、死罪となった。
朝鮮王朝でもっとも有名な悪役ヒロインだが、正史の「朝鮮王朝実録」ではその美貌を何度も絶賛されている。
最後は淑嬪・崔氏(スクピン・チェシ)である。
19代王・粛宗(スクチョン)の側室で、時代劇『トンイ』のモデルとなった。




宮中の下働きをしているときに粛宗に見初められて側室になったと言われている。
張禧嬪(チャン・ヒビン)とはライバル同士として張り合った。1694年に王子を産んだが、その息子が後の21代王・英祖(ヨンジョ)である。

文=康 熙奉(カン ヒボン)

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