カテゴリー:王宮物語
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朝鮮王朝で迫害された仏教はその後も根強く残った
古代の三国時代から朝鮮半島では仏教が根づいていたのに、朝鮮王朝の建国後は迫害を受け続けた。現在の韓国でも仏教寺院が山中に多く存在しているのは、朝鮮王朝時代に次々と市中から追放されたなごりである。そうい…詳細を見る -
仁穆(インモク)王后はどうしても光海君(クァンヘグン)を斬首にしたかった!
光海君は1608年に15代王として即位したが、翌年に兄の臨海君(イメグン)を不穏分子として配流の末に殺し、1614年には異母弟の永昌大君(ヨンチャンデグン)の命も奪った。さらに、永昌大君の母の仁穆(イ…詳細を見る -
張禧嬪(チャン・ヒビン)が粛宗(スクチョン)の息子を産んで起こった騒動とは?
1688年10月27日、一介の女官から粛宗(スクチョン)の側室になっていた張禧嬪(チャン・ヒビン)が王子を出産した。それが、後の20代王・景宗(キョンジョン)である。粛宗にとっては、27歳になって初め…詳細を見る -
朝鮮王朝にはこんなにも王位継承をめぐる重大事件が多かった!
朝鮮王朝の歴史で注目したいのは、歴代王の即位に至る経緯である。なぜそこにこだわるかといえば、王権の安定に決定的に影響していたからだ。もっとわかりやすくいえば、「正室から生まれたのか、側室から生まれたの…詳細を見る -
謎めいているから長今(チャングム)は魅力的だ!
中宗(チュンジョン)の治世に活躍する医女の長今(チャングム)。彼女の登場は、偶然ではない。中宗の時代でなければありえない必然性があった。医女という制度は、3代王・太宗(テジョン)の時代にその端を発する…詳細を見る -
解説!燕山君(ヨンサングン)の廃位と中宗(チュンジョン)の即位
暴政の限りを尽くした10代王の燕山君(ヨンサングン)は1506年9月に王宮から追放された。政変の主導者は、燕山君によって実姉を死に追いやられた朴元宗(パク・ウォンジョン)、左遷の憂き目に遭った成希顔(…詳細を見る -
世宗を最高の名君にした訓民正音(フンミンジョンウム)の創製!
ハングルの基となったのが、4代王・世宗(セジョン)が1443年に完成させた「訓民正音(フンミンジョンウム)」である。しかし、なぜかその創製過程に関する動きは一切記録されていない。漢字を使わない新しい文…詳細を見る -
鄭道伝(チョン・ドジョン)が太宗(テジョン)に殺された「王子の乱」
朝鮮王朝を開国した初代王・太祖(テジョ=李成桂イ・ソンゲ)。その陰には太祖をあらゆる面で支える男がいた。それが鄭道伝(チョン・ドジョン)だ。しかし、王位継承をめぐる争いの中で、鄭道伝の命運は尽きてしま…詳細を見る -
英祖(ヨンジョ)と思悼世子(サドセジャ)は悲劇の親子!
21代王の英祖(ヨンジョ)は、27人の王の中で一番長生きした王として知られている。しかし、彼と息子の思悼世子(サドセジャ)の親子関係は険悪だった。いったい2人の間に何があったのだろうか。 米…詳細を見る -
捕盗庁(ポドチョン)とは何か?
朝鮮王朝時代を描いた韓国時代劇を見ていると、ひんぱんに出てくる官庁の1つが捕盗庁(ポドチョン)だ。この役所は、果たして何をするところなのだろうか。 犯罪人を捕まえる官庁 朝…詳細を見る