功臣の重要な一言のおかげ
張維は、仁祖の二男だった鳳林(ポンニム/後の17代王・孝宗〔ヒョジョン〕)の岳父である。つまり、妻(後の仁宣〔インソン〕王后)の父ということだ。
それ以上に張維の存在感がまさっていたのは、仁祖がクーデターを成功させたときの功臣であったからだ。
仁祖が即位するうえで、功績は本当に大きかった。
その張維が仁祖にきっぱりと言った。
「貞明公主に疑いをかけてはなりませぬ」
一度だけではない。張維は何度もそう主張した。
窮地に陥っていた貞明公主は、張維によって救われた。
しかし、仁祖があまりに呪詛を疑っているので、何ごともなかったかのように、すべてを不問にすることはできない。
やむなく、仁穆王后に付いていた女官の何人かが罪を問われて死罪になった。すべては、仁祖の疑い深い性格が招いたことだった。
(第8回に続く)
文=康 熙奉(カン ヒボン)
激しく生きた貞明公主(チョンミョンコンジュ)2「数々の悲劇」
激しく生きた貞明公主(チョンミョンコンジュ)5「仁穆王后の主張」
激しく生きた貞明公主(チョンミョンコンジュ)6「20歳での結婚」
激しく生きた貞明公主(チョンミョンコンジュ)8「苦労の連続」