カテゴリー:韓国時代劇の登場人物
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中宗(チュンジョン)はなぜ端敬(タンギョン)王后を守れなかったのか
燕山君(ヨンサングン)を廃位にするためのクーデターは1506年に起こりました。主導した高官たちには、大義名分が必要でした。いくらひどい王でも追放するとなると、大義名分が重要なのです。そこでクーデター軍…詳細を見る -
イ・ヨンの父の純祖(スンジョ)!気弱な王に何ができたのか
『雲が描いた月明り』に登場した23代王・純祖(スンジョ)。名君と呼ばれた22代王の正祖(チョンジョ)の後を継いで王となり、周囲から多くの期待を受けたが、純祖の性格はあまりにも気弱だった。 [ca…詳細を見る -
英祖(ヨンジョ)は本当に兄の景宗を毒殺したのか?
1720年に19代王の粛宗(スクチョン)が世を去り、張禧嬪(チャン・ヒビン)が産んだ景宗(キョンジョン)が20代王として即位した。トンイこと淑嬪・崔氏(スクピン・チェシ)が産んだ英祖(ヨンジョ)はこの…詳細を見る -
華麗なファン・ジニ(黄真伊)の人生は謎に包まれている!
ファン・ジニ(黄真伊)は、両班(ヤンバン/朝鮮王朝時代の貴族階級)の庶子として、16世紀前半に松都(ソンド/現在の開城〔ケソン〕)で生まれた(正確な生年は不明)。身分制度が厳格だった朝鮮王朝だけに、庶…詳細を見る -
ハングルを作った世宗(セジョン)の偉大さがよくわかる
1446年、朝鮮王朝の4代王・世宗(セジョン)が民族固有の文字「訓民正音(フンミンジョンウム)」を公布した。この「訓民正音」は“民に教える正しい発音”という意味である。 高官…詳細を見る -
英祖(ヨンジョ)はイ・ソン(思悼世子〔サドセジャ〕)に自決を命じた!
朝鮮王朝で起こった悲劇の筆頭は、英祖(ヨンジョ)が息子のイ・ソン(思悼世子〔サドセジャ〕)を餓死させた事件だ。素行が悪かったイ・ソンに英祖は腹を立てていたが、イ・ソンに謀反の疑いがあるという告発も出て…詳細を見る -
李舜臣(イ・スンシン)は英雄物語の最高峰!
1592年、大陸制覇の野望を抱いた豊臣秀吉が諸大名を動員して朝鮮半島に攻め入ったとき、朝鮮王朝は創設200年を迎えていました。この200年は外敵の侵攻がほとんどなく、穏やかな期間でした。逆に言えば、国…詳細を見る -
中宗(チュンジョン)が端敬(タンギョン)王后を離縁した理由は?
端敬(タンギョン)王后は11代王・中宗(チュンジョン)の最初の正室だった女性である。二人の夫婦仲はとても良かった。それなのに、中宗が即位してすぐに二人は別れなければならなかった。というより、中宗は端敬…詳細を見る -
朝鮮王朝で最初に廃妃・死罪になった王妃は誰か
9代王の成宗(ソンジョン)は政治的には名君でしたが、女性問題で王宮を騒がせたことが何度もありました。その最たることが、燕山君(ヨンザングン)の生母が廃妃(ペビ)になった事件でした。 …詳細を見る -
韓国時代劇によく出る「後金」とはどんな国?
現在の中国東北部は、かつて満州と呼ばれていた。古くからこの地域に定住していた民族が「女真」であり、古代から様々な国家を作ってきた。そういう歴史の中で、16世紀末に挙兵して女真の諸族をまとめあげたのがヌ…詳細を見る