タグ:歴史
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昭顕(ソヒョン)世子は清での人質生活をどう過ごした?
1637年1月、朝鮮王朝は大軍で攻めてきた清に敗北し、16代王・仁祖(インジョ)は清の皇帝の前で土下座のように謝罪した。史上最悪の屈辱で、以後も朝鮮王朝は清に服従を強いられた。 人質となった…詳細を見る -
これが光海君(クァンヘグン)という国王だ!
1623年3月12日の明け方、仁祖(インジョ)に統率された1000人あまりのクーデター軍が王宮を襲い、光海君は王の座から追放された。そのとき、クーデター軍は光海君の罪状を4つ掲げた。それが、反乱を起こ…詳細を見る -
朝鮮王朝の中宗(チュンジョン)はどんな国王だったのか
1506年9月1日、暴政を繰り返した燕山君(ヨンサングン)を追放するためのクーデターが起こった。実行部隊が最初に向かったのは、燕山君の異母弟にあたる中宗(チュンジョン/即位までは晋城大君〔チンソンデグ…詳細を見る -
〔物語〕イ・サンは本当に毒殺されたのか
朝鮮王朝の22代王・正祖(チョンジョ)は、ハングルを創製した聖君・世宗(セジョン)と並ぶほどの名君と評価されている。何よりも、頭脳明晰で学者顔負けの博識だった。彼はドラマ『イ・サン』の主人公としてもよ…詳細を見る -
朝鮮王朝の金字塔「ハングルの誕生」
ドラマ『大王世宗』は、朝鮮王朝最高の名君と呼ばれた4代王・世宗(セジョン/在位は1418~1450年)の人間らしい苦悩を描いた時代劇だ。彼は、韓国の小学校の校庭にかならず銅像があるほど今でも最高の尊敬…詳細を見る -
朝鮮王朝の国王は「毎日が激務」だった
長い朝鮮王朝史の中で最たる悪弊と呼ばれたのが、高等官僚による派閥闘争だった。野合と分裂を繰り返しながら高等官僚たちは党争に明け暮れ、それが政権の屋台骨を揺るがした。ただ、瀬戸際では王の求心力によって危…詳細を見る -
〔物語〕もし思悼世子(サドセジャ)が現代に甦ったら何を語る?
思悼世子(サドセジャ)とは誰か? 生没年は1735年~1762年。21代王・英祖(ヨンジョ)の息子で、母は英祖の側室であった映嬪(ヨンビン)・李(イ)氏。思悼世子は幼い頃から頭脳明晰だった。しかし、…詳細を見る -
中宗(チュンジョン)と燕山君(ヨンサングン)の異母兄弟同士の確執!
朝鮮王朝の10代王・燕山君(ヨンサングン)と11代王・中宗(チュンジョン)は、韓国時代劇によく登場する王であり、知名度も高い。この2人の父親は9代王・成宗(ソンジョン)だが、母親がそれぞれ違っている異…詳細を見る -
〔物語〕もし仁祖(インジョ)が現代に甦ったら何を語る?
仁祖(インジョ)とは誰か。 生没年は1595年~1649年。朝鮮王朝の16代王。在位は1623年~1649年。光海君(クァンヘグン)を1623年に追放して即位したが、失政が続いて苦しい統治を強いられ…詳細を見る -
〔物語〕もし粛宗(スクチョン)が現代に甦ったら何を語る?
粛宗(スクチョン)とは誰か。 生没年は1661年~1720年。1674年に19代王として即位。政治的な業績も多かったが、女性問題でよくトラブルを起こして王宮内を混乱させた。1689年に、仁顕(イニョ…詳細を見る