純元王后の罪
三番目に挙げる巨悪は、純元(スヌォン)王后〔1789~1857年〕。
純祖の正妻だが、夫が気弱なことを利用して、実家の安東(アンドン)・金(キム)氏の一族に重職を独占させた。
また、1834年に孫の憲宗(ホンジョン)がわずか7歳で即位すると、王族最長老として政治を私物化して、政権が腐敗する原因を作った。
さらに、憲宗が若くして亡くなってしまうと、子供がいなかったことを理由に、地方で農業をしていた無学の王族青年をむりやり国王にした。
それが哲宗(チョルチョン)なのだが、その哲宗の裏で政治を仕切って王朝に悪政をはびこらせた。
朝鮮王朝の国力を傾かせたという意味で、純元王后の罪は大きい。
以上のように3人の巨悪を見てきたが、彼女たちは未成年の王の代理として政治を仕切ることができたので、本当にやりたい放題で政治を乱した。
その悪政のせいで、朝鮮王朝はどん底に突き落とされた。
不運だったのが市井の人々だった。
巨悪が幅をきかせれば、被害をこうむるのはいつも民衆だ。
文定王后(ムンジョンワンフ)は朝鮮王朝三大悪女よりもっとワルだった!
朝鮮王朝三大悪女の鄭蘭貞(チョン・ナンジョン)は救いようがない悪女!