イ・ヨン(孝明世子)の劇的な人生を振り返る!

 

『雲が描いた月明り』ではイ・ヨンという名前で登場している孝明世子(ヒョミョンセジャ)。幼いころからとても聡明だった彼はいったいどんな人物だったのだろうか。彼が歩んだ人生を振り返ってみよう。

写真=韓国KBS『雲が描いた月明り』公式サイトより

 

優秀な世子

孝明世子は、1809年に23代王・純祖(スンジョ)と純元(スヌォン)王后の長男として生まれた。
朝鮮王朝の後期は、なかなか正室から息子が生まれなかったが、孝明世子はなんと148年ぶりに正室から生まれた王子だった。
とても聡明だった孝明世子は幼くして世子となり、父である純祖の後を継いで王になることが約束されていた。




彼は本当に順調に成長していき、8歳で最高学府の成均館(ソンギュングァン)に入学した。
さらに、孝明世子は容姿も端麗だったという。そういう意味では、理想的な世子であったことだろう。
そんな彼は10歳で豊壌(プンヤン)・趙氏一族の高官・趙萬永(チョ・マニョン)の娘と結婚した。
父親である純祖は、すばらしい成長を遂げた息子の才能を認め、18歳の孝明世子に代理で政治を任せようとした。そうすることによって、王妃である純元王后の実家の安東(アンドン)・金氏一族に握られた政治の主導権を取り返そうと考えていた。
しかし、控えめな性格だった孝明世子は、18歳という年齢を理由に代理政治を辞退したが、1827年2月に純祖が王命を出したため、結局は自ら政治を仕切ることになっていった。(ページ2に続く)

イ・ヨン(孝明世子)の惜しまれる世子人生!

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