『七日の王妃』の端敬(タンギョン)王后はどんな女性だったのか

端敬王后について紹介している『いまの韓国時代劇を楽しむための朝鮮王朝の人物と歴史』(康熙奉〔カン・ヒボン〕著/実業之日本社発行)

祭り上げられた王

クーデターを成功させた高官たちは、端敬王后が慎守勤の娘であったことを大きな問題にした。
「父を殺された王妃は、きっとクーデターを起こした者たちを恨んでいるはずだ。しかも、先王の残党たちが王妃をかついで反逆に出るともかぎらない」
高官たちはそう理由を述べて、中宗に対して端敬王后の廃妃を主張した。
もちろん、中宗は抵抗した。




彼は、自分がなりたくて王になったわけではなかった。兄に代わって王位に就くのは気が重かったのだが、高官たちに説得されて仕方なく王になったのである。
このように、臣下にかつがれて王位に上がったのに、さらに愛する妻を離縁することなど到底できない要求だった。
普通なら、王の意思は絶大で、臣下がくつがえせるものではなかった。しかし、中宗の場合は事情が違った。
彼は最終的にクーデターの高官たちに逆らうことができなかった。そこが、「祭り上げられた王」の弱さでもあった。
(ページ3に続く)

『七日の王妃』に登場する端敬(タンギョン)王后の運命!

中宗(チュンジョン)と燕山君(ヨンサングン)の異母兄弟同士の確執!

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