朝鮮王朝の自らの信念に生きた五大義人

 

朝鮮王朝の518年間の歴史の中には、「義人」として有名な5人がいる。それは、黄喜(ファン・ヒ)、金宗瑞(キム・ジョンソ)、金時習(キム・シスプ)、成三問(ソン・サムムン)、郭再祐(クァク・チェウ)である。




最初の3人

黄喜(ファン・ヒ)
[1363~1452年]
27歳で科挙に合格して高麗王朝の官僚になったが、後に李成桂(イ・ソンゲ)に仕えた。この李成桂が朝鮮王朝を建国して初代王・太祖(テジョ)として即位すると、重職を歴任して新しい王朝を支えた。裏切り者としてツバをはかれたことがあり、それが顔に当たって痕が残った。息を引き取ったとき、かつてツバをはいた人が弔問に訪れて、遺体に謝罪したという。

金宗瑞(キム・ジョンソ)
[1383~1453年]
4代王・世宗(セジョン)の治世時代に名をはせた忠臣で政権の重職を歴任。勇猛だったので“虎”と称された。6代王・端宗(タンジョン)の後見人となり、「命をかけて端宗を守る」と誓ったが、1453年、自宅で首陽大君(スヤンデグン/後の世祖〔セジョ〕)に不意に襲われて絶命した。




金時習(キム・シスプ)
[1435~1493年]
生後8カ月で文字を覚えて3歳で詩をつくったという伝説がある。その神童ぶりに、4代王・世宗(セジョン)も驚嘆したという。国を背負う逸材だったが、6代王・端宗(タンジョン)が叔父の世祖(セジョ)に王位を奪われた事件に憤慨して、以後は各地を放浪。小説や詩の傑作を残した。
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