朝鮮王朝後期の名君だった正祖(チョンジョ)は、1780年に急の発熱で危篤状態に陥ってしまいました。
◆1780年6月28日の記述1
(正祖が危篤になると、祖母の貞純〔チョンスン〕王后が急に現れて、正祖の側近たちに言った)
「今回の主上(チュサン/正祖のこと)の病状は先代王(英祖のこと)のときと似ている。(先代王は回復したので)そのときに差し上げた薬を調べ、医官たちで相談して良い薬をさしあげるようにせよ」
「主上の病状は中風のようなのだが、(医官も)適切な薬を差し上げることもできないで、一体どういうわけなのか」
左議政(チャウィジョン/副総理)の沈煥之(シム・ファンジ)が答えた。
「今や殿下は危篤状態でございます。申し上げる言葉を失っているような状況になっておいでです」