タグ:歴史
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王位が危うくなった端宗(タンジョン)は首陽大君(スヤンデグン)を牽制した!
1453年に首陽大君(スヤンデグン)が政変を起こして最高実力者になると、甥の端宗(タンジョン)を強力に圧迫し始めた。こうして端宗の王位は「風前の灯」になっていった。 首陽大君…詳細を見る -
「次代の国王」のはずが命を奪われた3人の世子(セジャ)とは?
世子(セジャ)といえば、国王の正式な後継者です。それなのに、命を奪われてしまった3人の世子がいます。果たして、志なかばにしてこの世を去った3人とは、誰なのでしょうか。 あまり…詳細を見る -
貞熹(チョンヒ)王后/朝鮮王朝美女物語11
「非道な王」として悪評が多かった7代王・世祖(セジョ)の妻が貞熹(チョンヒ)王后である。彼女は1418年に官吏の娘として生まれた。果たして、どんな人生を歩んだのであろうか。 …詳細を見る -
史上最悪の夫婦!鄭蘭貞(チョン・ナンジョン)と尹元衡(ユン・ウォニョン)(再読版)
尹元衡(ユン・ウォニョン)は、11代王・中宗(チュンジョン)の継妃となった文定(ムンジョン)王后の実弟である。その尹元衡の妾となったのが鄭蘭貞(チョン・ナンジョン)であった。 …詳細を見る -
朝鮮王朝時代の王宮にはどのくらいの人が住んでいたか?
王宮の中心に住んでいたのは、もちろん王族です。この人たちが王宮の主役でした。政治と行政を担当する高官たちは王宮の外に自分の屋敷を構えて王宮まで通ってきていましたし、実務を担当する下級の官吏たちも通常は…詳細を見る -
昭憲(ソホン)王后/朝鮮王朝美女物語10
世宗(セジョン)の正室だった昭憲(ソホン)王后の場合、自分が王妃になって実家が大いに繁栄した。ただし、その後に待っていたのは奈落の底だった。まさに、昭憲王后は天国と地獄を経験した波瀾万丈の王妃だった。…詳細を見る -
神徳(シンドク)王后を異様に憎んだ太宗(テジョン)!
高麗(コリョ)王朝は一夫多妻制だった。王朝を創設した王建(ワン・ゴン)がそもそも、地方の豪族を味方に引き入れるために戦略結婚を何度も繰り返した経歴を持っていた。 意外な後継者…詳細を見る -
健康管理では名君と程遠かった世宗(セジョン)!
王の食膳に並べられた豪華料理の数々。「食べきれないのに、なぜあんなに多くの品数を出すのだろうか」と疑問に思っていたが、あれは食べるための料理ではなかったのである。それでは何のため? 答えは「見るため」…詳細を見る -
廃位となった光海君(クァンヘグン)の最期の地は済州島だった!(再読版)
朝鮮王朝の15代王・光海君(クァンヘグン)。彼は1623年に仁祖(インジョ)が起こしたクーデターで王宮を追われ、廃位となってしまった。その後の彼が最後に流されたのが、極悪人の流刑地として知られた済州島…詳細を見る -
『不滅の恋人』のイ・ガンこと首陽大君(スヤンデグン)は誰なのか
韓国時代劇の『不滅の恋人』に登場して強烈な存在感を見せているイ・ガン。この人物のモデルになっているのが首陽大君(スヤンデグン)である。彼は一体、どんな人生を歩んだのか。 大変…詳細を見る