中宗(チュンジョン)と燕山君(ヨンサングン)の異母兄弟同士の確執!

 

朝鮮王朝の10代王・燕山君(ヨンサングン)と11代王・中宗(チュンジョン)は、韓国時代劇によく登場する王であり、知名度も高い。この2人の父親は9代王・成宗(ソンジョン)だが、母親がそれぞれ違っている異母兄弟だ(中宗については、韓国時代劇の史実とフィクションの違いを解説した康熙奉〔カン・ヒボン〕著・実業之日本社発行の『いまの韓国時代劇を楽しむための朝鮮王朝の人物と歴史』で紹介しています)。

 

燕山君の悪行

9代王・成宗は、朝鮮王朝の法律を整備した王として名君の評価を得ている。その一方で、女性問題で多くの火種を残した王でもあった。
彼の二番目の正室は尹(ユン)氏だが、彼女は何度も不祥事を起こしている。
1つは、成宗の側室を呪い殺そうと画策したことだ。
もう1つは、成宗の顔をおもいっきり引っかいてたくさんの傷をつけてしまったことだ。大変な不敬罪となった。




結局、尹氏は朝鮮王朝で初めての廃妃(ペビ)となり、実家に戻された末に死罪となっている。
その尹氏が産んだ成宗の長男が燕山君である。
彼は、成宗が1494年に亡くなった後、18歳で即位している。酒池肉林に明け暮れて悪政を続けた暴君としてあまりに評判が悪い。燕山君はまた、後に母の死罪を知ると、それに関わった官僚たちを大虐殺した。(ページ2に続く)

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